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心象風景とスーク


古い城下町で生まれ育ったせいだろうか、迷路のような町並みの中にいると落ち着く。埼玉県が全国的に見て田舎か都会かは別として、僕は「街中の子供」だった。
そういえば、近所には獣道ならぬ「子供道」というのがあった。駄菓子屋、魚屋、長屋の脇にある子供と住民だけが知っている抜け道のことだ。防災や防犯のためか、そういう公私のぼやけたグレーゾーンや車も入れないような細い路地というのは、日本ではめっきりお目にかかれなくなった。
けれども、海外ではそういった懐かしい風景に思いがけず出くわすことがあり嬉しくなる。たとえば、外壁に囲まれたアラブの町並み「メディナ」や商店や職工が路地にひしめき合っている「スーク」は僕の心象風景にかなり近いような気がする。

モロッコ・マラケシュのスークは、大道芸人で有名なジェマ・エル・フナ広場の北側に広がっていた。狭く曲がりくねった迷路は天井がよしずで覆われていて、中に香辛料屋、絨毯屋、木工品、革職人、羊毛屋といった店々の区画が点在している。
複雑な迷路だから旅行者は大抵迷う。何度も同じ店の前に出てきてしまって何度も同じビジネストークを持ちかけられる。効率的にスークを歩くならガイドを雇うのが一番良いだろう。(ガイドのネットワークにはまり、出て来たときにはたくさんのお土産を抱えているかもしれないが・・・)しかし、僕は、あえて迷い込んでみるのもスーク歩きの醍醐味だと思う。

そんなわけで、その日、僕は同じバイク屋の前を何度も通りかかるハメになった。これも何かの縁だと思い、何度目かに写真を撮らせてもらった。「バイク屋三兄弟の肖像」だ。兄2人はソワソワと落ち着きがなく、若い弟が一番しっかりしていた。そういえば、こういう濃い目のキャラクターの人たち昔は近所にいた。

迷路を散々歩かされたあと、ほとんど奇跡的にフナ広場に出た。もう、すっかり日は暮れかかっていて、広場にはたくさんの屋台が出ている。歴史語りに蛇使い、大道芸人たちのパフォーマンスにも熱が入る。それはいつもと変わらぬマラケシュの夜だった。


2006年3月記



今日の一枚
”バイク屋三兄弟の肖像” マラケシュ・モロッコ 1993年


1 マルチーズ   アッ・サラーム・アライクム




fumikatz osada photographie