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ジャイサルメール特急


二等寝台のベッドで目を覚まし、僕は乗客の男が窓から外を眺めているその姿をぼんやりと眺めていた。凍てついた夜行列車の夜が砂漠の日差しに少しずつ溶けていった。
やがて、他の乗客も起きてきて簡易ベッドをたたむ。チャイの売り子が来てみなお茶を飲み始める。そのあとは、どこまでも続くタール砂漠の風景を眺めるだけ。僕がチャイを飲み終えるのを見て向かいの客が窓を開けた。インド流の心遣い。僕は小さく開けられた窓からプラスチックのコップを車外に投げ捨てた。コップはクルクルと回転しながら後方の砂塵の中に消え去った。
しばらくすると外を眺めていた向かいのボックスシートの客たちが俄かにざわめいた。客たちの指の先にはインドの西の外れ、ジャイサルメールの赤茶けた城塞が朝日を受けて輝いていた。デリーを出発してから16時間「ジャイサルメール・エクスプレス号」の終点が近い。

インド・ラジャスターン州の西の果て。ジャイサルメールは城塞のふもとに広がる砂漠の街。中世の貴族の邸宅「ハーヴェリー」や伝統的な建築様式そして街に集まる砂漠の民たち。人口の増加と共に大きくなりがちなインドの地方都市の中にあって、この街は程よいコンパクトさの中に栄華を誇った12世紀のオアシスの風情をそのまま残している。「ラジャスターンを旅したのかい?ジャイサルには行ったかい?ジャイサルはいい町だよ」インドのあちらこちらで僕そう話かけられた。実際に足を踏み入れるとその街が外国人だけでなくインド人観光客にも人気がある理由がよくわかる。

一方、ジャイサルメールの人々の顔は、僕らが想像するインド人の顔よりむしろパキスタンやアフガニスタン人と共通する部分が多い。パキスタンとの国境まで100kmだから当たり前か。
東アジアから西へ進むとベンガル地方からインドの多様な顔が始まり、この辺りでその顔が再びまとまる。僕の「顔地図」においてジャイサルメールはここから西、人々の顔がどう変化して行くかのいわば予告編のような場所だ。

彫りの深い人々の顔を夕日が照らすとき、同じ質感で統一された城塞と街が黄金色に輝く。街の外を見渡すと地の果てまで続く砂漠の中に無数の風力発電機が立っているのが見えた。


2013年3月記



今日の一枚
” ジャイサルメール特急 ” インド・ラジャスターン州 2012年


ハブルバブル その1




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