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冬の庭


ニューヨーク・ワールドトレードセンタービルの足元、ワールドファイナンシャルセンターの界隈はアパートからも程近く散歩コースになっていた。中でも「ウィンターガーデン」と呼ばれるガラス張りのアトリウムは僕のお気に入り。行き届いた空調のおかげで雨も風も、真夏の暑さとも真冬の寒さともそこは無縁だが、その名前の通り僕は冬のアトリウムが一番好きだった。


椰子の木が植えられたホールにはベンチやテーブルが置かれ、周りにはオフィスとレストラン、それに小さなショッピングモールがあった。ホールのテーブルに着いて平日はビジネスマンたちがランチをとったり読書をしている。一方休日、アトリウムは家族連れで賑わう。分厚い「タイムズ」の日曜版を持ってきてコーヒー片手にずいぶん長い時間紙面に目を通す人もいる。なぜかアジア系市民たちには結婚記念撮影のロケーションとして人気があった。ウィンターガーデンはまたコンサートや演劇などさまざまなパフォーマンスの会場にもなった。ビジネスセンターという場所柄か趣向を凝らしたイベントが大企業の冠をつけて毎週のように行われていた。


その日も僕は椰子の木陰のベンチに腰掛けて新聞を読んでいた。休憩時間中と思われる女性がひとり、隣のベンチに腰を下ろす。天井から降り注ぐ冬の柔らかな日差しの中で、彼女はピンク色の封筒からグリーティングカードを取り出した。カードに一筆したため、最後にもういちど目を通すと彼女はそっと微笑んでそれを封筒の中に戻した。もしかしたら、僕の楽しみは「冬の庭」そのものではなく、こうして自分の時間を過ごす人々を観察することだったのかもしれない。

暖かい室内から回転扉を抜けて外に出る。サウスコーヴのヨットハーバーには除雪された雪が堆く積まれていて、ハドソン川から吹き付ける風が刺すように冷たい。ニューヨークの春はまだまだ先だ。

2007年2月記



今日の一枚
”封筒 ” アメリカ・ニューヨーク州・ニューヨーク 1992年




fumikatz osada photographie