<< magazine top >>








スタイヴサントプレイスのハロウィン


ハロウィンが近づいてきた。「けれどもこの行事、僕たち日本人には今ひとつピンと来ない」と思ってたら、ピンと来ていないのはどうやら自分だけのようだ。今や日本でもりっぱに年中行事の仲間入りをしているらしい。そういえば、ニューヨークでもこの時期になるとグリニッジビレッジのあたりで盛大なハロウィンの仮装パレードが行われた。 ということで、今回は僕が昔経験した初めてのハロウィンの話をしよう。


その日の夕方、僕はその仮装パレードを見に行く仕度をしていた。まだ、日本でそれほどハロウィンが市民権を得ていない時代のこと、僕はアメリカで経験する初めてのハロウィンを楽しみにしていたのだ。確かに仮装パレードも面白そうだ。けれども、仮装だったら日本でも経験できる。僕が本当に期待していたのは、仮装した子供たちに「Trick or treat」と言いながら家を訪ねて来てもらうこと、だった。(幼稚な僕といえども、さすがに仮装をしてお菓子を貰いに行く方ではない)

しかし・・・と僕はよく考えた。自分の住んでいるスタッテンアイランド・スタイヴサントプレイスのアパートは極めてエスニック色の強いアパートではないか。建物にはいつもカレーの臭いが漂っているし、玄関ホールで行き会うのは殆どがサリーを着た女性たちだった。お隣さんは台湾人の留学生、僕は日本人、ルームメイトはモロッコ人、遊びに来る友人はパレスチナ人、セネガル人、イエメン人と、なんだかそこは世界で最もハロウィンから遠い場所のように思えたのだ。もちろん僕はその環境に満足していたが、その日だけは少しだけ環境が恨めしく思われた。「Trick or treatの奇跡」が起こるにはあまりにも条件が悪すぎる。「それでももしかして」と一分の望みを託してスーパーでお菓子を買った。もし来なかったら・・・来なかったら仕方がない、自分で食べよう。


そんなわけでハロウィン当日、うちの台所の戸棚にはお菓子がギッチリと詰まっていた。マンハッタンへのフェリーの時間にはまだ少しだけ余裕がある。僕は部屋でラジオを聴いていた。すると「トントン」とかすかにノックのような音。僕はラジオのボリュームを絞った。「トントン」おっ、確かにノックしてる。恐る恐るドアののぞき窓から外をみると子供らしき3人が、廊下で「お前が先に言え」とばかりに小突きあっているではないか。やがて・・・
「Trick or treat!!」
まあ、大変、アナタ、「トリック・オア・トリート」が来たわよーっ、アナタぁ、アナター、大慌て。もちろん「アナタ」はいない。ドアを開けるとそこには、お世辞にも上手とは言えない仮装をしたインド人の子供が3人立っていた。思わず手を合わせ「ナマステ・・・」。いやいや、今日はナマステではないはずだ。

突然の「Trick or treat」の来襲になんだか慌ててしまい、僕は急いで台所に行ってお菓子を取って来る。期待していたのに、いざとなると焦っている自分がなんだか滑稽だ。
そして、僕は子供たち一人一人の袋の中にお菓子を入れてあげた。すると3人はクルリと踵を返し「はい、次!」という感じでお隣の台湾人のお宅へと向かった。あれ?なんかすごく事務的・・・


それでも嬉しかった。「ああ、ここはアメリカなんだな」とヘンなところでアメリカを実感し、そのアメリカで初めて大人としての役割を果たしたような気がした。そんなちょっと微笑ましい土産話を持って僕はパレードの待ち合わせ場所へと向かった。


2008年10月記



今日の一枚
” カボチャの飾りつけ ” アメリカ・ニューヨーク州・ニューヨーク 1991年


故郷を遠く離れて  アッ・サラーム・アライクム




fumikatz osada photographie