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酔いどれジプシーキング


スペインのタリファはジブラルタル海峡が最も狭くなったところにある小さな町だ。この町からは海を挟んでアフリカが見える。とりわけ付近の山腹から見下ろす海峡は絶景だ。


そのタリファで年末を過ごしたことがある。けれども、「景色の良い場所が年越しに最適な場所とは限らないない」ということを僕はそのとき知った。小さな町は年越しに浮き足立っていて、爆竹やら酔っ払いの歌やらで騒がしく、結局、僕は明け方まで眠らせてもらえなかったからだ。
そんなわけで元日の朝、僕は寝不足のまま近所のバル(カフェ)に朝食を食べに行った。すると驚いたことに客が全員テーブルに突っ伏して眠っているではないか。店の中は酒臭く、酒瓶が床に転がっている。コーヒーを飲むスペースすら無かったのでそのまま店を出た。

それにしても、すれ違うのは酔っ払いばかりだ。ユルユルと昇った元日の太陽が街をドローンと照らし、裏山にある数百もの風力発電用風車がカラカラと回っている。僕は、なんだかその退廃的な感じが嫌でたまらなくなり、お隣の町アルヘシラス行きのバスに乗った。カディスから来たバスは朝帰り組でほぼ満員。めかし込んだ女の子もおばさんたちもみんな眠っている様子だ。


バスは走り始めるとすぐに急停車した。運転手がドアを開け外にいる男と口論している。「だからさぁ。ほんの少しの間だけだからさあ」「だめだ、金がないなら乗れないよ」どうやらお金の持ち合わせの無い酔っ払いがバスに乗せろと言っているらしい。しばらく口論は続いたが、運転手は時間のムダと判断したのか男をバスに乗せた。もう既にかなり酔っている感じの男は、手に持ったボトルをクイクイやりながら乗り込んで来た。ああ、また酔っ払いだ。

男が席に着くとバスは再び走り出した。バスのラジオからはジプシーキングスの「マイウェイ」が流れている。しーんと静まり返った車内で男が曲にあわせて鼻歌を歌いだす。眼下には地中海、対岸はモロッコの岸壁、ここからアルヘシラスまでが眺望のクライマックスだ。そして車内は・・というと「♪フンフン、フフフフン・・」男の歌が続く。やがて歌が「さび」の部分にさしかかる。「♪Quiero vivir,hay nada mas・・・(僕は生きたいんだ。ただそれだけなんだ)」とジプシーキングスが歌う。すると直後に男の鼻歌が突然歌詞付になった「♪Quiero beber,hay nada mas・・・(俺はのみてぇんだ。ただそれだけだ)」「うまい!」と僕はひざをたたいた。すると、ほかの乗客たちもプッとふきだした。なんだ、みんな起きているんじゃないか。歌は再び鼻歌に戻り、約束どおりアルヘシラスの町の入り口で男は降りていった。


笑いのポイントを抑えた一球。そして去り際もいい。僕は男にプロの魂のようなものを感じた。何のプロ?もちろん酔っ払いのプロ。ここに「酔いどれジプシーキング」の称号を与えることにする。


2006年1月記



今日の一枚
”1月1日” スペイン・タリファ 1998年


スローガン 眠れる街をいくつも通り抜けて  ブレストという町




fumikatz osada photographie