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北国の春 その1


午前3時。僕は中国・新疆ウイグル自治区のウルムチの高速を走っていた。
するとタクシーのラジオから聞き覚えのあるイントロが流れてくる。えっと、何の曲だっけなぁ?・・・・
北国の春だ。当然、中国語で歌に入るのだろうと思ったら女性が日本語で歌い始めた。誰だろう?いや、それ以上に中国版「走れ!歌謡曲」のような深夜のドライバー向けのラジオで日本語の歌が流れていることに驚いた。
いずれにせよ選曲は間違いない、新疆ウイグル自治区の春の宵にはピッタリの曲だ。


カザフスタンのアルマトイからの飛行機は2時間遅れだった。ウルムチ空港前のタクシー乗り場は案の定長蛇の列。どうしたものかと思案していると、近くに路線バスが止まっており、係りのおばちゃんが切符を切っている。宿の近くの目印「人民政府」を地図で指差しながら必死のジェスチャー。するとおばちゃんは「日本人ですか?乗ってください。市内に入ったら降りてそこで流しのタクシーを拾うのが一番近道です。バスの運転手にあなたが降りる停留所を伝えてきます」と、とってももわかりやすい日本語で教えてくれた。
言われたバス停で下車すると、一緒に降りた客が自分が捕まえたタクシーを僕に譲ってくれた。何なんですか?この親切のリレーは(笑)
そして腰を落ち着けたタクシーの後部座席で、僕は今、謎の女性歌手が歌う北国の春を聞いている。


高速のランプを降りて人民政府庁舎の前に着く。僕はタクシーを降りる。このとき既に午前3時半。予約してある宿の住所を探してみたが分からない。どうも地図の縮尺が曖昧なようだ。失敗した、どうしてタクシーの運転手に宿まで行ってもらわなかったのだろう?
閑散とした町でようやく通行人を見つけて声を掛ける。20歳くらいのウイグル人青年。住所を見せるが・・・「うーん、わかんね。タクシーを拾うのが早いよ」
だよねぇ。さっきタクシー降りたばかりだけど(笑)礼を言って別れる。すると、さっきの若者が何か言いながら戻って来た。
「おい、お金もってる?」ああ、来たか。早朝のオヤジ狩りかよ・・・「いや、タクシーに乗るお金あるのか?」ほっ。なにこれ、メチャクチャ親切。「ヘイ、持ってやす」もし持ってなかったら彼はどうするつもりだったのだろう。
丁度、客を降ろしたタクシーがあったのでそれに乗った。近くだと思ってたらずいぶん走った。持っていた地図はかなりいい加減だったようだ。朝の4時に高い割増料金を取るでもなく、きちんとメーターで走り、迷うことなく住所で目的地にたどり着いた中国のタクシーに僕はちょっと感動した。カザフスタンの白タク事件でどん底まで落ちた僕のタクシー運転手のイメージアップにはかなり貢献している。


時刻はすでに午前4時を回っている。たどり着いた宿はデザイナーズ・ホテルの類。上海にも、北京にも、今や中国のどこの都市にもあるちょっと小洒落たホテルである。こんなに遅れてしまって・・・おそらく受付は寝てるな。予約もキャンセルされてるだろう、とタカをくくっていたが、なんと受付嬢は起きていた。キャンドルライトの下でボーイフレンドと語らっていた。
そして僕に気付くと「こんばんは」と日本語であいさつしてきた。そのあとも彼女から片言の日本語でチェックインの説明を受け、午前5時に無事就寝。長い一日だったけどウルムチの皆に助けられたなぁ。



2018年3月記



今日の一枚
” やわらかな日差し ” 中国・新疆ウイグル自治区・ウルムチ 2017年




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