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オテル・ソボバデ その1


僕は乗り合いタクシーでポンピエールバスターミナルを後にしようとしていた。「バスターミナル」と聞いたときにどのようなものを想像するだろうか?大きな建物があってその中に幾つもの乗り場があって、バスが止まっていて・・・という風景を想像していた。少なくとも自分の経験上はそうだったからだ。

しかし、この国のバスターミナルがそういう類でないことを僕は前々日の下見で知った。セネガルの首都、西アフリカの大都会、ダカールのバスターミナルは何というか・・・ただの「原っぱ」だった。
広いことは広い。しかし、そこにバスターミナルと呼べるような建物は見当たらない。そう、原っぱにちょうど甲子園の開会式のプラカードのようなものがいくつも立っていて行き先が書いてある。その横には可愛いい女子生徒ではなく怪しい配車係が立っている。そして、ずらりと並ぶオンボロの車、車、車・・・これが全部乗合タクシーだ。この国ではバスもモダンなバスではない。ピックアップトラックの荷台を即席の屋根と長椅子でバスに改造したようなシロモノだ。


出発まで乗り合いタクシーの中で暫く待たなければならなかった。沈黙が流れる。乗客たちは無言だ。時々、細く開いた窓の隙間から、売り子が鼻を突っ込むようにしていろいろなものを売りにくる。オレンジ、バナナ、ビニール袋に入ったジュース、ピーナッツ、パン、ゆで卵、時計、タワシ・・・そして物乞いの子供。そうだ、この国はなかなかひとりにはさせてくれないのだった。

乗合タクシーは通常7人乗りで定員にならないと絶対に出発しない。そして出発する時には大概定員を越えている。僕が乗ったタクシーも8人乗車だった。オマケに3列シートの中列に乗った僕は隣の巨漢おばさんの尻に押されドアにすごい圧力で押しつけられた。「こ、これはキケンすぎる」オンボロ車のドアが外れて超高速の車から外に放り出される恐怖におびえつつ、僕はドアの上の取っ手を必死に握りしめていた。もちろん、なるべくドアに負担をかけないようにするためだ。


郊外に出るとタクシーの運転手がみるみるスピードを上げる。これはもう「走る狂気」としかいいようがない。(あとでわかったのだが、セネガルではまだ安全運転の部類だった)タクシーは長い直線道路でいきなり追い越しにかかる。しかし、定員オーバーのボロ車が満足に加速できるわけがない。追い越しに時間がかかりすぎて対向車がみるみる近づいてくる。「あ、ぶつかる」と思った瞬間に追い越しを完了する。「ふぅ」

けれども、運転手はルートを熟知していて幹線道路の舗装が悪い地帯に入ると、いきなり道端の草むらの中に突入。バオバブの大木とステップの砂地をサファリラリーのように爆走し始めた。右に左に後輪を滑らせ、逆ハンドルを切りながら走る。隣のおばさんは何食わぬ顔で爪楊枝をくわえ、退屈そうにフロントガラス越しの風景を眺めている。後ろの席のおじさんにいたっては熟睡しているではないか。いったい、彼らにとってこれは普通なんだろうか・・・

タクシーは集落のゴミための中に突っ込み、民家の庭先を走り、小学校の校庭の木の横を突っ切って、授業中の子供たちの喝采を浴びた。「本当に僕は目的地に連れていって貰えるのだろうか」と思っていたらやがて車は草むらの中から舗装道路にヒョコッと顔を出す。どうやら、元の道に戻ったようだ。


1時間半ほど走ったところで運転手と他の客が「ここだよ」と教えてくれた。ここが僕の目的地トゥバブ・ディアラオへの分岐点らしい。運転手が「俺たちはまっすぐ行くから、ここで別の車を拾いな」と言って去っていった。大きなバオバブの木があって、その横で道が二手に分れていた。他には民家すら見当たらない。わかり易い分かれ道だ。がしかし・・・他の車を拾えといってもどうやって拾えばいいのだろう。幹線道路はともかく、僕の行く方向に走って行く車は一台もなかった。午前11時、アフリカの太陽は既に真上近くまで上がりギラギラと風景を照らしている。木陰でボウ然として、ふと隣をみると果物売りのおばさんがダンボール箱の上に店を出していた。目があった。ニヤッと笑った。ミカンを買ってしまった。


ところが、セネガルという国はなんと合理的なのだろう。程なく車が通りかかって僕は拾われたのだった。まるでシナリオがあるようなタイミングの良さ。(当然、タダではないが・・・)実はこういう旅行者がたくさんいて、午前11時に分かれ道のバオバブの下を通れば客が拾えるということをこの運転手は知っているのかもしれない。しかし、灼熱の太陽の下ではそんなことはどうでも良い。目的の方向に向かう車が来たということだけで十分だ。

舗装道路は相変わらず穴だらけ。まっすぐの道路なのに車は穴をよけながら右に左に蛇行する。穴に気をとられすぎて時々対向車にぶつかりそうになる。できれば運転を代わってもらいたい。
道はやがてなだらかな丘陵地帯に入る。運転手は「この辺に家を買ったらどうか?」となぜかしきりに勧める。「イタリア人もフランス人もみんなこの辺に別荘を買ってる。安いよ」しかし、ミカンならいざ知らず家となると簡単には買えまい。でも値段を聞いておけばよかったかな。いくらなのだろう?100万円くらいだったりして。目的地トゥバブ・ディアラオまでの道すがら3つほどの小さな村を通った。どの村も素朴で遠くに海が見渡せる丘陵地帯にあった。なるほど住み心地はよさそうだ。


岬の突端で道路は細い砂の小道になり一軒のホテルの前で行き止まりになった。運転手は降り際、しきりに今後のスケジュールを聞いてきた。帰りも乗せたいらしい。「明日か、あさってか、しあさってか、そのつぎの日の朝か夜」なんだかわずらわしくなってそう答えた。スケジュールに縛られるのが僕は苦手なのだ。

2009年8月記



今日の一枚
”渋滞 ” セネガル・ダカール 2002年


ブロンディ




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