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トレドの景観


もし「スペインで最もスペインらしい街はどこか?」と聞かれたら、僕なら迷うことなく「トレド」と答えるだろう。中世のたたずまいを残す古都トレド。8世紀、イスラムはここまで勢力を伸ばし400年もの間この街を支配した。街の周りは城壁で囲まれ、中に入ると細い石畳の路地はまるで迷路のように入り組んでいる。


『トレドの景観と地図』という画家エル・グレコの作品がある。16世紀、ギリシャ人であるグレコはこの街に移り住み、多くの宗教画を残したが、この作品では自分の住むトレドの眺望を描いている。
絵の中の景色が見たくて町を見下ろす丘の上にあるパラドール(国営ホテル)に宿をとった。庭に出ると、グレコの描いたとおりの景観が目の前に広がる。手前に深く刻み込まれたタホ(TAJO)川。この川はここイベリア半島のド真ん中からポルトガルまで続き、テージョ(TEJO)川と名前をかえた後、リスボンで大西洋に注ぐ。その向こうに古都の町並みが見える。右に4つの尖塔を持った要塞アルカサル、中央にカテドラルの尖塔、その奥はサント・トメ教会だろうか。その周りにひしめくように寄り添う家々の屋根。壁で囲まれた狭い空間の中に小さな世界が広がる。


街の外側には遥か彼方まで続くスペインの丘陵地帯が見える。街が夕日に赤く染まり、荒涼とした山並みの向こうにドーンと真っ赤な太陽が沈んでいく。グレコの時代から、いやそれ以前から、この夕暮れの風景が何万回も繰り返されているわけだ。この街は時の流れに流されることなく、また時代に置き去られることもなく、確固としてそこに存在し続けている。新しいものにすぐに飛びつき古いものをさらりと捨て去る。もしくは、レトロモダンの名の下に古い町に新しい息吹を吹き込んで甘えてしまっている。そういう国に暮らす僕はトレドの景観に「変えないことへの潔さ」を強く感じた。


2006年1月記



今日の一枚
”トレドの景観” スペイン・トレド 1993年




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