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ふたつの日常


年老いたアナはミスという猫と一緒にキューバのバラデロビーチで暮らしている。ひとり暮らしだが、近所の若者たちが話し相手になりに来る。テレビは彼女の重要な娯楽のひとつだ。コロンビアのメロドラマが好きでよく一緒に見た。
そういえば、アナはいつも弱々しい咳をしていた。「コホッ、コホッ」という小さな声が寝室に聞こえて来るたびに、僕はなぜか切ない気持ちになった。

ある日、アナに息子さんのアルバムを見せてもらった。何枚もの写真で彼女の子供が成長していく様が見て取れた。そしてアルバムの最後のページは筏のテントの中で撮った写真で終わっていた。そう、アナの息子さんはアメリカに亡命した。今ではアメリカに住む孫たちが毎年のようにキューバを訪れる。もちろん、アナは彼らを溺愛している。リビングには真新しいテレビが置かれている。
それでも、彼女はフロリダ半島に僅か200kmの距離で向かい合うこの街で暮らしている。決まった時間に起き、配給の銀チューブの歯磨き粉で歯を磨き、午前中は市場に買い物に出かけ、近所の人たちと世間話をして、ミスにえさをやり、食事の支度をし、テレビを見て、夜11時に眠りに就く。


僕は世界のあちこちで色々な人たちの日常にちょっとだけお邪魔してきた。それは彼らの長い人生のうちのほんの一瞬だけ伴走させてもらうようなものだ。「彼らは今も元気で暮らしているだろうか?」時々そう思う。すると、なぜ自分の体はひとつしかないのか、なぜここにしか存在できないのか、もどかしい気持ちになる。本当はもっと継続的に彼らの日常と関っていたいのに。しかし、それは物理的に不可能なこと。泣く泣く僕は自分の日常と向かい合う。
同じようにフロリダ海峡を挟んだふたつの国で、ふたつの日常が進んで行く。それはキューバ人である母の日常と、アメリカ人となった子の日常だ。


2005年6月記



今日の一枚
”バラデロ” キューバ・バラデロ 1998年




fumikatz osada photographie