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鯨の浜 その1


インドネシア・フローレス島の東端、ララントゥカの港から木造船に乗る。港を離れ船が速度を上げると窓から心地よい潮風が吹き込んできた。船内はさほど混んでいるというわけでもなく、客たちは3時間半の船旅を思い思いの場所で過ごしている。その姿を見て僕はあることに気がついた。人々の顔の造形がこれまで通ってきたバリ島やフローレス島と明らかに違う。その顔立ちがメラネシア系に近づいていることに気付き嬉しくなる。それもそのはず、もうここはオーストラリアの北海岸からわずか数百Kmの場所なのだ。
そう、今回の旅で僕はこういう顔を求めていた。当初はニューギニア島に行こうと計画していた。ところが天気があまり芳しくない。山中で毎日毎日雨降りというのも憂鬱だろう、ということで代わりに急浮上したのがこれから向かうレンバタ島だった。


後ろから追いかけてきた船が併走している。おっ、すごい。甲板が人とバイクでいっぱいじゃないか。船はぐんぐんスピードを上げて僕らを追い越して行った。おそらく別の島に行くのだろう。この辺りには無数の火山島が浮かんでいるから。
ふと、さきほどの甲板のバイクの光景を思い出し船首に行ってみた。そしたら、ありましたありました。この船もバイクだらけ。「インドネシアの足」は船の上にもいっぱい。操舵室にもお客さんがいて船長と語らっている。カメラを向けるとその船長までこちらに正対して・・・大丈夫ですか?前見てなくて(笑)

緑豊かな島影が濃くなり、やがて船は小さな港に接岸する。レンバタ島の玄関口、レウォレバ港だ。早速、オジェック(バイクタクシー)の客引きに会う。僕にはこの瞬間がいつもストレスだ。だから今回は予め運賃相場を聞いておいた。「ラマレラ村行きのバスが出るターミナルまで」「へい、ラマレラまでね」「いやいや、ここから30km離れたラマレラまでこのバイクで行くつもりはないです。バスターミナルまでお願いします」ときっぱり。


ララントゥカで得た情報によれば、北岸のレウォレバから島の中央部の山岳地帯を抜けて南岸のラマレラ村まで「大型バス」が出ているという。しかし、ターミナルに停まっているのは荷台に屋根をつけたトラックばかり。まさかこれが大型バスってことはないだろう。隣に座ったおばちゃんもラマレラに行くらしい。まだバスは来ていないからまあ待て、という。はい、待てと言われりゃ忠犬のように待ちますよ。
一台のトラックが入ってきて荷物を積み込んでいる。強い日差しの中で女性が屋根の上のポーターと何か交渉している。僕はその光景を日陰のベンチからボーっと眺めていた。なんだかアフリカの風景みたいだ。突然、おばちゃんが僕の肩をたたき「さ、乗ろう」と一言。ああ、やっぱりトラックなんですね・・・


元々トラックの荷台である客室の床にはセメントの袋ずらりと敷き詰められている。さらに側面にはベニヤ板が括り付けられ、屋根の上にもたくさんの荷物が。設置された長椅子に腰掛けて僕はセメント袋の上に遠慮がちに足を乗せた。キャビンには老人から子供まで様々な客が乗っていた。出発前になにやらポーターと交渉していた若い女性は、出発するや否や窓枠を足場にしてスルスルと屋根の上に登って行った。なるほど、そういう交渉だったのか。いや、屋根の上の方が快適なのかもしれないゾ。


まもなくトラックは裏山の藪道に入る。未舗装の路面からもうもうと砂埃があがり、ギシギシとキャビンが軋む。路肩の木の枝がゴツゴツとボディーを擦る。「この未舗装の区間はおそらく工事中なんだろう」と思いきや10分たっても20分たっても状況は変わらない。島を縦断する幹線道路は道中ずーっとこんな感じなのだろうか?
頭がグワングワン揺すられる。そんな中おばさんたちは現地の言葉で世間話をし、僕を珍しそうに眺めていた子供は今はもう寝息をたてている。人間ってどんな状況にも順応するものなんだな。「これが1時間も2時間も続いたら絶対酔う」と思った自分もだんだん慣れてきた。スピードが全然あがらないから酔いようがないのだ。ぬかるみと砂利の悪路をバスは自転車のような速さで進んでいる。ふと、幌の隙間から後方を見ると大渋滞になっていた。バスにバイクに車・・・あれ?バス走ってますよ(笑)


細い道なのに交通量だけは多い。スピードの出ないこのトラックを先頭に隊列が山中の悪路を進んでゆく。集落に入ると舗装道になってほっと一息。山岳地帯の村々は涙がでるほど美しい。古い教会があって、椰子の木が生えてて、なんとなくジャマイカの山の中みたい・・まあ、ジャマイカに行ったことないけど・・・
集落を出ると再び舗装がはがれたデコボコ道になる。交通量の多い道路なのになぜこんなに道が悪いのか?とたずねたら、国の予算がなくて舗装できないのだそうだ。日本では年度予算を使い切るために無駄な道路工事をやってるのに・・・なんとか、この細い山道を舗装してあげるくらいの支援は出来ないものか。



2020年7月記


今日の一枚
” 屋根上乗車の交渉 ” インドネシア・レンバタ島・レウォレバ 2018年




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