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メイド・イン・バングラデシュ


その日、僕はアメリカのナショナル・パブリック・ラジオの「モーニング・エディション」という番組を聴いていた。2013年、バングラデシュの首都ダッカ郊外で米アパレルメーカーの生産を請け負う縫製工場のビルが突如崩壊、1000人を越える犠牲者が出た事故を受けて現地の人々の過酷な労働環境を解説していた。「企業の無理なコストダウンを誘発させるような低価格商品の購入は控えよう」というのが出演者からの提案。
今日、消費者はそこまで考えて商品を購入しなければならないのか?けれども、値段だけをチェックして最安値よりちょっと高い商品を買ったなら、それはもう「メイド・イン・バングラデシュ」ではないかもしれないよ。僕には消費者の商品の選択ではなく単純に企業倫理の問題のように思える。


バングラデシュは「世界の最貧国のひとつ」と長い間呼ばれてきた。しかし、旅をしてみるとそんな実感はない。街は食品と活気で溢れている。ショーウィンドウにぽつんとお菓子が飾られていたキューバ、サハラの砂に埋もれたモーリタニアの町々、「最貧国」と聞いて僕が思い出すのはもっと別の国だ。
物価は日本のおよそ3分の1。しかし、サービスの質を鑑みるとちょっと割高な感じがする。例えばダッカでお湯のシャワーが出る3つ星のビジネスホテルに泊まると3、4千円ほどだが、清掃が行き届いていなかったり、客室改装の騒音で悩まされたり・・・仮にそのレベルのホテルが東京にあったら案外同じような値段かもしれない。
列車の運賃にもそれほどの割安感はない。産油国イランの快適で泥のように安い列車とは大違いである。外国人の僕でも「さほど安くない」と感じるのだから、現地の人々にとっては高いのではないだろうか。バングラデシュの人が列車の屋根に乗ったり、機関車に貼りつくのも解るような気がする。
そういった「タフな日常」をもって「貧しさの象徴」なのだ、という人もいるかもしれない。しかし、過酷な労働を強いるブラック企業、上がらない給料と上がる物価、格差の拡大・・・という最近の日本の問題点を上げてゆくとバングラデシュとあまり変わらないことに気づく。混雑する駅の枕木の上に膝をかかえてうずくまる人を見ると自分の姿が重なる。「貧しい国」の定義って何だろう?


バングラデシュはそれほど悲観的にならなくてもよいのかもしれない。他のアジアの国々同様、著しい経済成長は数字が証明している。人口は日本より多い1億5千万人。国内市場がとにかくでかい。労働人口が減る心配も当面はないだろう。国土は肥沃な耕作地で覆われている。
近い将来、バングラデシュが「世界の低賃金工場」を抜け出し独自の産業を作り出す日が来る。僕たち消費者が「ちょっと高いメイド・イン・バングラデシュ」の商品を買うことになるのはその時じゃないのかな。



2015年5月記



今日の一枚
” 線路の上の人々 ” バングラデシュ 2015年




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