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ハブルバブル その2


ヤズドはイランのほぼ中心に位置する町。旧家屋を改造したホテルに土壁の迷路。伝統建築の建ち並ぶ旧市街は保存と改修が行き届いていて多くの観光客を魅了する。僕はエチオピアのハラルに続いて再び迷路の住人になった。
この旧市街は正に「造形の宝庫」。風景に同化するような建物と強い砂漠の太陽が作り出す光と影のパターンは僕のような「造形フェチ」にはたまらない。ホテルの屋上からヤズドの街を見渡してみた。ひときわ高いジャメモスクの2本のミナレットが見える。イスラム以前からイランで信仰されてきたゾロアスター教(拝火教)寺院の球形の屋根が見える。そんな中、地面に這い蹲るような旧市街の家々の屋根から格子状の建造物が突き出している。はて? あれは何だろうか?鳩の巣箱には大きすぎる。


調べてみると「バードギール」という建築様式らしい。この地方は砂漠地帯で夏は非常に暑い。湿度は低いので日陰にいると涼しいのだが、この平べったい迷路の町では風は通らない。そこでこの「バードギール」の出番である。まるでF1マシンの吸気口ように空にピョコンと飛び出した塔の天辺から風を取り込む。入った砂漠の熱風はダクトを通って真下の住居に降りてくる。逆に中の暖かい空気は上に押し出される。さらに降りてきた風は家々の貯水タンクを通る。すると水によって気化熱を奪われる。冷やされた空気がリビングに吹き込む。という仕組みだ。どうです?凄いでしょ。これはもう水冷エンジンです、エアコンです。電気も使わなければフロンガスも使わない。


バードギールは、同じく伝統建築の「アブアンバー」にも併設されていることが多い。アブアンバーというのは公共の貯水タンクのこと。地下から汲み上げた井戸水はそのままでは干上がってしまう。そこで半地下にある貯水層の上をすっぽりとレンガのドームで覆ったものである(ドームではなく平べったい形のものもある)。イランは地震が多い場所。水は命綱だから半地下の丈夫な貯水槽やドーム形状の天井などすべて耐震設計になっているそうだ。
さて、付随するバードギールの役目であるが、ここでは主にタンク内の冷却目的に使われる。住居の場合と同じ仕組みでタンクの中は常に低温に保たれる。さらに、ここのバードギールにはもうひとつの重要な役目がある。それはタンクの中の水を気化させること。気化した水は再びタンクの中で冷やされ結露する。こうして、気化と結露を繰り返すことによってタンクの中の湿度は保たれ水はどんどん浄化されて行く。


過酷な土地で生活するのに必要だったから生まれた知恵。エアコンが登場したのがいつか?ということを考えると、昔のイランの建築物というのは非常に先進的。エネルギーや建築や都市開発に関するアイデアもイランにはごろごろ転がっている気がする。あくまでも素人目だけど・・・
それではイランの人々が未だにこうしたスローライフを送っているかというと、おそらく違う。ヤズドの大半の市民は新市街のマンションや戸建てに住んでいる。冷暖房のスイッチをONにすれば夏の暑さもしのげる。また、上下水道もきちんと整って蛇口をひねれば美味しい水がでてくる(イランの水道水は本当に美味しい)。おそらく、バードギールもアブアンバーも今では文化遺産的な扱いなのかもしれない。そこはちょっと残念。


2014年2月記



今日の一枚
” アブアンバー ” イラン・ヤズド 2013年




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