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ツいていない日 その2


パーーーン!!
何やら爆発のような音で僕は飛び起きた。俄かに車内がざわめき、車掌が運転手と何やら話してバスを停めた。
「何?爆発?」僕は隣の席の女性にたずねる。「バスが撥ねた・・・」「え?何を?」「ロ、ロバ」
場所は田舎町のメインストリート。すぐにバスのフロントガラスの前には黒山の人だかりができた。運転手と車掌が車を降りて群集の中に入って行った。


他の乗客に事故の状況をたずねると、車道にはみ出していたロバの背の薪をバスがひっかけ、ロバが飼い主の上に倒れた。飼い主は怪我をしたということらしい。しかし、当の飼い主は既にフロントガラスの前の群集の中心に立ち、涙ながらに皆に被害の状況を訴えている。それに耳を傾ける群集がバスの座席の僕を見つける。「そこの最前列の中国人も降りて来い」という目つきではないか。ガクガクブルブル・・・


やがて、地元の警察が来て現場検証が始まった。黒山の人だかりが飴に群がるアリのように事故現場のほうに移動していった。その後、運転手と車掌はバスごと警察署に出頭することになり、僕たち乗客は街のレストランの前で降ろされた。とりあえず昼食をとっていてくれということだ。


さて、昼食をとり終えてもバスは一向に戻ってくる気配がない。1時間経過。ここでも相変わらず「チャイナ」と声を掛けられる。しかし今日の「チャイナ」はいつもの「チャイナ」とちょいと違う。「村人のロバを撥ねたバスに乗っていたチャイナ」となると少々ばつが悪い。
2時間経過。「今日中にアジスアベバにたどり着くんだろうか」やや不安になってくる。乗客の一人に聞いてみると日没後にバスを運行するかどうかはバス会社の安全指針によるそうだ。そして彼はこう付け加えた「どこから来たの?」「日本」「いい土産話ができたね」うむ、確かに。あまり頻繁に経験することではない。
とうとう僕はやることがなくなってしまい、いつものようにカメラをぶら下げて街を散策し始めた。結局、僕の取り越し苦労だったようだ。ダンベシャという小さな町の住民たちはいつもと変わらないフレンドリーさで僕を迎えてくれた。
おかげさまで時間がつぶせた。3時間後、運転手と車掌を乗せたバスが戻って来た。運転手は心なしか安全運転になった。バスの乗務員も痛いけど、ロバと飼い主にとってもツいていない一日だったろうな。おそらく、ロバは今でも重要な日常の道具だろうから。


アジスまであと200km。太陽は大きく西に傾いてしまったが、なんとか今日中にたどり着けそうだ。エチオピアの大地溝帯を見渡せる展望台の駐車場で僕は改めて大きく凹んだバスのボンネットを眺める。「エチオピアに輸入されるバスはボディがやわで困るよ」西日を受けながら車掌が照れくさそうに笑った。


2012年11月記



今日の一枚
” 事故 ” エチオピア・ダンベシャ 2012年




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