<< magazine top >>








上海茶会事件 その1


「今日は人が多いね」
「これから季節も良くなって私たちの商売も書き入れ時ね」
ここは上海の観光スポット外灘、黄浦江沿いの高層ビル群の夕景を見ようとボードウォークは観光客でごったがえしている。そこに若い男女二人連れ。明らかに観光客ではなく、ここを知り尽くしているといった感じだ。 ふたりは欄干に張り付く観光客たちを一歩引いた位置から眺めていた。やがて、たくさんのグループの狭間に単独行動らしき男を見つける。首から一眼レフの大げさなカメラをぶら下げて歩いている。 「アイツにしようか」ふたりはうなずいた。


「アクション!」の合図と共にふたりは男の歩いて行く前方にすばやく移動。対岸の高層ビルを背景にコンパクトデジカメで写真を撮りだす。互いにポーズを決め何枚か撮りあう。そこにちょうど男が通りすがる。すべて計算通り。女が愛想よく一眼レフの男に中国語で話かける。けれども通じない。これも台本どおり。カップルの男のほうがすかさず英語で切り出す。
「あのぅ、シャッターを押してもらえませんか?」
男は快く応じ、モニターに表示された写真を見せる。ところがカップルはこの写真に軽くダメ出しをする。一眼レフの男は写真の腕には少々自身があるらしく少々ショックを受けた様子だ。


けれども、2回撮影してもらったことによって両者の緊張はふと解けた。そこをついてカップルの男が切り出す
「Where are you from? Japanese?」
「Yeah! I am」
日本人だと解ると今度は女の出番だ。女は親しみのある流暢な日本語で一眼レフの男に話しかけた。
「日本人ですか。ひとりで旅行をしているんですか?」
「はい。一人です」
「私たちも中国の地方から上海観光に来ました。一人じゃつまらないでしょ?どうですか一緒にお茶でも」
いつも一人気ままに街を歩くというのが旅のスタイルだったから一眼レフの男は少々悩んだ。
「ごめんなさい。このあと友人と夕食を食べに行く約束をしているんです」
「そうですか。でも本当にお茶だけ。待ち合わせの前に30分だけどうですか?地震大変だったですね。私たちも日本の話たくさん聞きたいんです。ねっ、ほんの少しだけ近くでお茶しませんか?」
どこかの時計台の鐘が6回鳴った。


美しい夕景を見た後、そこで偶然知り合った若い中国人観光客ふたりとちょっとだけお茶をするというのもいいのかな。いつの間にか男はそう考えるようになっていた。
話はまとまり三人は歩き出す。カップルの男はポッター、女はウェンディーと名のった。主にウェンディーが会話の主導権を握った。ウェンディーは学校の日本語クラスのこと、旅行の今後の予定、博覧会マニアである自分が日本の愛知万博に行ったときの話、さらには日本の芸能界の話などを流暢な日本語で話した。 その間ポッターの方は相槌を打ちながらもずっとガイドブックのページをめっくっていた。


三人は北京東路という通りを歩いていた。ガイドブックにずっと目を落としながら歩いてきたポーターがあたりを見回す。
「ああ、そこだね」
その目の先には骨董品を扱う店があってその軒先に「茶」と小さく書かれた看板が下がっていた。誰も気づかないような小さな看板。茶館は二階にあるようだ。そこで一眼レフの男は少々驚いた。 「ちょっとお茶」という誘いに彼が想像したのは、スターバックスの類のカフェでお茶という意味だと思っていたからだ。そんな戸惑いの表情には全く目もくれずにポッターとウェンディーは仏像や木彫りの骨董品が博物館のように並ぶ店の中に入っていった。


2012年4月記



今日の一枚
” 黄浦江の夕景 ” 中国・上海 2011年

 エチオピア その2




fumikatz osada photographie