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モーリタニア その1


旅とは「常に前向きな行為」であるべきだと思うのだがいかがだろうか。それは、つま先に重心が乗った状態とでも言おうか。しかし、僕の経験ではそうではない旅もあった。つまり、完全にかかとに重心が乗ってしまっている旅だ。

「Dune」の撮影で訪れたモーリタニアもそのひとつ。「サハラに行こう」と決めたものの、現地に関する情報があまりにも少なくて不安はつのるばかり。おまけにインターネットサイトに掲載されている首都・ヌアクショットの空撮写真は、まるで「蟻の巣」のようだった。街は赤茶けた砂に埋もれていて、建物のところだけポツポツと穴が開いているように見える。「ああ、これからここで3週間も過ごすのか」パリのホテルの一室でパソコンを開いたまま憂鬱な気分になる。

したがって、翌朝ドゴール空港に行く僕の足取りはすごく重かった。チケットを持っているという事実だけが僕を空港に向かわせている。結局、空港に着いたのは出発予定時刻の僅か20分前。もう、その頃には「乗れたら行こう」くらいの極めて消極的な気持ちになっていた。ところが、幸か不幸か飛行機は遅れていて、航空会社のカウンターの前にはまだ長蛇の列ができている。

チェックインが始まる。午前10時の便なのにすでに11時。出国手続きを済ませてからも待たされた。やがて、航空会社からは 昼食用のクーポンが配られる。その後も延々トランジットエリアで待たされる。午後5時になると今度は夕食のクーポンが配られた。「この航空会社の経営は大丈夫だろうか?」と他人事ながら心配になる。ちなみに、その航空会社は数年後に倒産した。ミ ールクーポン乱発による赤字が原因かもしれない。

「フライトをキャンセルしよう」そう思ったときに搭乗ゲートが開いた。午後6時、このまま順調に飛んでもヌアクショットに着くのは真夜中だ。多分、両替窓口も開いていないだろうし、空港からの“まともな”交通手段もないだろう。「ああ、憂鬱だ・・・」そんな僕の後ろ向きな気持ちと重力に逆らって飛行機はいとも簡単に離陸した。

午前1時、ヌアクショット空港の入国審査に入る。ヨーロッパからの数少ない観光客が先を争って入国カードを係官から受け取る。「なぜそんなに急いでいるのだろう」とのんびり構えていたら、係官の手の中のカードがなくなり「今日はこれでおしまい」 といわれた。「そんなバカな(焦)『ババ抜き』じゃないんだから」

結局、僕は1時間かかって入国審査を通過した。なるほど、観光客たちが先を争っていた意味が良くわかった。当然、彼らはホテル手配の車に乗ってとっくに空港を後にしていて、僕だけが午前2時のモーリタニアの空港の玄関にぽつんと立ち尽くすことになった。そんな旅行者に近づいて来るのは白タクの運転手ぐらいだろう。

案の定、女を連れた運転手が近づいてきて、市内のホテルまで連れていかれた。「ひとりで来たの?」「うん」「何をしに?」「砂漠を見に」「フランス語は話せるの?」「いいや」隣に座った女が「こりゃダメだ」という感じで首を振った。さらに運転手が付け加えた。「モーリタニアは悪い国だ。十分気をつけた方がいいぞ」法外なタクシー代とホテル代を払い、ベッドに入ったのは午前3時だった。

2005年11月記



今日の一枚
”スティルライフ” モーリタニア・ブティリミット 1999年


1 6と1/2階の小部屋 2 断食月のモロッコを行く




fumikatz osada photographie