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上を向いて歩こう その2


翌朝、僕はカルロスの家を訪ねた。
「おお、本当に来たのか。じゃあ、一緒に来てくれ。これから友達のところに借りに行くから」そう言って歩き出す。「何を借りるのだろう」と思いながら彼の後に従った。おそらく鍬でも借りるのだ。きっとそうに違いない。

「こいつがカバージョやりたいんだってさ」カルロスが友人に話すと、「じゃあ、こっち来て好きなの選んで」と彼は僕を家の裏手に連れて行く。小屋の前まで行きこちらを振り返ると「どれがいい」と尋ねた。
目の前に鍬ではなく馬が3頭並んでいた。僕は「おとぎ話」の主人公だろうか?
しかし、思い込みと言うのは恐ろしい。僕はまだ「カバージョ」とは農作業のことだと思い込んでいる。「この馬は耕作用の馬だろう」

けれども、僕の大いなる勘違いは次の一言で王手を打たれた。ふたりは僕が選んだ馬に鞍と鐙をつけて「さあ、どうぞいってらっしゃい」と言った。「あれ?カバージョって乗馬のこと?カルロスの仕草は手綱を握る仕草だったのかぁ」しかし、時すでに遅し。


いくらなんでも、その日初めて馬に乗る人がひとりで乗馬を楽しめるわけがない。もう1頭借りてカルロスにもついてきてもらうことにした。即席で教えてもらった命令に対して馬は驚くほど素直に反応する。しかし、美しいヴィニャーレス渓谷の風景を見る余裕など到底僕にはない。おまけに、僕の命令よりカルロスの命令の方に優先権があるらしく、彼は僕の馬を自由自在に遠隔操作する。いきなり走り出すと振り落とされそうになり、僕は鞍上で悲鳴を上げる。こんなところで落馬して死んだら、と考えると何だか脊椎の辺りがスースーした。

結局、馬2頭分の料金とカルロスのガイド料を払っておしまい。後に残ったのは股関節と内腿の痛みだけ。「人間、破れかぶれになった時には意外とものごと良い方に転がるものだ」という言葉はかなり怪しい。破れかぶれになったために、さらに悲惨な状況に陥ることもあるのだ。「上を向いて歩こう」の熱唱に始まった話は、結局、怖くて下を向きっぱなしのほろ苦い乗馬の想い出に終わった。


2005年7月記



今日の一枚
”ペットボトルグラス” キューバ・ヴィニャーレス 1998年




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