<< magazine top >>










近い仕草、遠い仕草


「おくりびと」という映画を見たよ。良かった。日本人の死生観は私たちギリシャ人のそれに近いと思った。
以前、ギリシャ人の友人が僕にそう話した。何千キロも離れた東アジアの日本人とヨーロッパのギリシャ人の考え方が似ている?それホントけぇ?しかし、死生観というのはおおよそ世界共通のようにも思える。この映画がアカデミー賞外国語映画賞に輝いたこと自体、文化や言語を飛び越えて共感を呼んだということではないだろうか。


世の中には「世界の人たちはそれぞれ全く異質なんだ」と考える人もいれば、「人間なんて根本的には皆同じなんだ」と考える人もいる。自分は後者だ。臆病だからそう考えないと怖くて外国になんていけない。
けれども、人々のちょっとした仕草や振舞い、気質となると地域ごとに微妙に違っていて、僕の旅の密かな楽しみになっている。先のギリシャ人の例は根源的なものだけれど、これはもっと浅いところの話。世界中至る所で同じスタンスで人にカメラを向けているので、モデルの仕草の違いには一家言ありますゾ(笑)
例えば、NYに住むセネガル人の友人は困ったことに直面すると、げんこつを作り額をトントン叩いていた。変わった仕草だなと思っていたが、実際にセネガルに行き、渋滞にはまった車の助手席で例の仕草をしている人を見かけたときに思わずニヤリ。


仕草の違いは距離に比例しているように思える。日本人で生まれ育った僕は東アジアの人々のちょっとした仕草に親近感を覚える。
そこで今日の一枚。バングラデシュ西部、ラッシャイという町の川辺で撮ったものだ。高校生ぐらいだったろうか、女の子ふたり組に写真を撮らせてもらった。カメラを構えた瞬間、女の子がファインダーの中で照れた。その仕草を見たとき僕は「ああ、ここは東アジアなんだな」と感じた。たしか中国で同じようなリアクションをされた。ベトナムでもこういうことがあった。しかし、西インドだとこういう反応は見なかった。イランも違う。もちろん、国境を越えたら途端に変わるというものではない。ラッシャイはもうインド国境の町である。


そういえば「リアクション芸人」というのがいますな。ちょっといじられ、それに対する大げさな反応だけで笑いをとるというのは、かなり高度な技術だと思う。どうだろう、世界中どこに行っても同じ一発芸で笑いが取れるものだろうか?すごく興味ぶかい。
関連して僕の体験談をひとつ。カナダのとある町。僕と一緒にいた日本人が目を丸くして「あービックリしたー」と驚く姿をみて、同席したカナダ人たちがゲラゲラ笑った。もう一回もう一回とせがまれ、自分も加わって「あービックリしたー」「あービッ クリしたー」ビの後に溜めを作った方がウケるな・・・って何回やらせんねん!
一体、このリアクションのどこが面白いのか聞いてみたところ、語感とそれを発する表情がおかしいのだそうだ。いやはや、何が笑いのツボに入るかわからないものだね。しかしカナダって遠い国なんだなぁ。
ちなみに、おとなり韓国には似た感じの表現があったと記憶している。



2015年2月記



今日の一枚
” あ、照れた ” バングラデシュ・ラッシャイ 2015年




fumikatz osada photographie