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カイトランナー


インド西部、ラジャスターン州のプシュカルでのこと。建物の屋上から大きな声がするので見上げると、子供たちが凧をあげていた。ホテルの屋上に登って街を見渡渡す。真っ青な空に無数の凧が揚がっている。糸の元を辿ると、家々の屋上にぽつんぽつんと凧を操る子供たちの姿が見える。


どうしてこんなに凧揚げが盛んなのだろう?大事そうに凧を持って道を行く子供たちに聞いてみた。彼らによると1月の中旬に地域の凧あげ大会があるとのこと。大会まで1ヶ月を切り練習にも力がはいる。
プシュカルの旧市街には凧屋が店を出し、近所の子供たちが集っていた。小遣いを握りしめ子供達は店に行き念願の凧を買うのだろう。そして、それを大事に家に持って帰る。さあ、そこからは屋上に上って大会に備えての練習。
この練習には家族の全面的なバックアップがあるようだ。風を捕まえるのに四苦八苦する親子。木の枝の上に落ちた凧をお手伝いさんが棒切れで突っつく。不運にも大会を前にして電線に引っかかってる凧もたくさん見かけた。そうした「凧」にまつわるすべての光景がこの町の冬の風物詩なのだろう。


冬の凧揚げ大会について触れた小説を読んだことがある。アフガニスタン出身の作家、カーレッド・ホッセイニの「ザ・カイトランナー」だ。カブールで1960年代に幼少期を過ごし、その後内戦によって引き裂かれたふたりの少年のハートブレーキングな話だった。小説のキーワードとなっているのが毎年1月に街で開催される「凧揚げ大会」。僕は「カイトランナー」とは凧を揚げるために走る人のことだと思っていたのだが、そうではなく、凧同士の競り合いの中で負けて糸を切られた凧がヒラヒラと舞い落ちるのを追いかける子供たちのこと。凧揚げ大会の日には空中戦だけでなく地上でも戦いが繰り広げられるというわけだ。


興味深かったのは日本でもまた1月は凧揚げの季節という点だ。幼い頃、正月といえば近所の駄菓子屋で紙の奴凧を買ったものである。新聞紙を切った長い尾を貼り付けて、早速、空き地や田んぼに飛ばしに行った。
凧の競技会もまた日本の多くの地域で毎年1月に開催される。それでは、日本には切れた凧を追いかけるという風習はあったのだろうか?おそらくないのではないか。


距離は離れても日本とアフガニスタンやパキスタンに同じような凧あげの慣わしがあることがわかった。となるとその間にあるインドにも同じ習慣がありそうなことは容易に想像できる。だから、プシュカルの凧揚げの風景がすんなり自分の中に入ってきたのかもしれない。
なるほどインド人は顔つきこそ日本人とは違うが、文化やメンタリティには結構通じるものがあって、その度に自分たちは同じアジア人なんだな、と実感した。


さて、それでは空中戦で糸を切られた凧を追いかける「カイトランナー」たちがインドにもいるのか?それは競技を目の当たりにしてみなければわからない。凧揚げ大会は確か今週末に開催されているはずだ。


2013年1月記



今日の一枚
” 凧 ” インド・プシュカル 2012年




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