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食堂車


子供の頃、新幹線の食堂車は僕の密かな楽しみだった。そこには普段食べられない美味しそうな料理やデザートがあったからだ。ところが列車のスピードアップにつれて車内で過ごす時間が短縮され、いつしか日本の列車からは食堂車が消えた。


さて、今回は中国の列車の話。中国の長距離寝台車にも食堂車が連結されている。国土が広いから2、3日列車に揺られれば必然的に車内で何食か食べることになる。けれども、僕の経験からいくと中国の列車の食堂車はあまり美味しくない。となれば寝台車のベッドに座って弁当を食べるしかないのか?「ベッドも下段の人はテーブルとイスにありつけるが、僕のような上段愛好者にはメシを食う場所もないのかぁ!上段住民にもメシを食う権利を!」


心配ご無用。中国の列車は大きくて車内も広い。寝台の個室横の通路には備付のテーブルと補助席のような折り畳みイスがいくつも付いている。そこに座って乗客たちは話をしたり、食事をとったり、ぼんやりと車窓を眺めることができる。
それでは、その特等席で何を食べるか。車内販売の弁当も値段の割にはいまひとつ。そこで登場するのがカップ麺である。始発駅で乗客たちがバケツのような大盛りカップ麺を買い込んでいたのはこのためだ。


ぐぅとおなかが鳴る時間になるとみな窓辺の席でカップ麺を作り始める。熱いお湯の入ったポットもきちんと各テーブルの近くに置かれている。各車両に詰めている車掌がポットのお湯を絶やさないように決め細やかなサービスを提供する。日本だと窓辺のテーブルを長く占領したり、トラブルが起こりそうだが、中国の乗客たちはずっと大人だ。自分が食べ終わると「さあ、ここに座って食べて頂戴」と席をあけてくれる。


結局、僕にとっての中国の旅のイメージは、この廊下のテーブルに就いてバケツのような特大の牛肉麺を食べながら、乗客たちと筆談を交わし、車窓には灼熱のタクラマカン砂漠や、黄土高原の集落の景色が流れる、というものになる。それが僕の欲求を満たしてくれる。
新幹線の食堂車は別にそこで美味しいものが食べられるからではなく、開放的なパブリックスペースで車窓を眺めながら食事をするという列車ならではのイベントが楽しみだったんだなと気づく。


2012年9月記



今日の一枚
” 上段からの眺め ” 中国 2008年




fumikatz osada photographie