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目に見えぬ力


S・ソダーバーグ監督の「チェ28歳の革命」という映画はごく普通のチェ・ゲバラの伝記だった。けれども、この作品の中でゲバラが語った言葉は非常に印象的だ。それは1964年国連で演説するために彼がニューヨークを訪れたシーンだ。ゲバラはインタビューに答え、アメリカ社会をこう皮肉る。


<たとえば苦労人の成功伝説を人々は好むが>
<分かってない>
<成功のチャンスは>
<目に見えぬ力が決めているのだ>


アメリカ社会云々は正直僕にとってどうでも良い(笑)もっと単純に我々の人生に照らし合わせてみると、ゲバラの言葉は実に的を得ていることに気がつく。つまり、物事がうまく行くか否かというのは、自分の努力とは別のところにその要因があるということだ。

そういえば、何年か前に「格差社会。大いに結構。努力したものが上に上がり。努力を怠ったものは落ちてゆくのだ」と言った首相がいたが、こういう考え方を「傲慢(ごうまん)」という。それはまるで、潮が引いて座礁してしまった船の船主に向かって「おまえがそこから抜け出せないのは努力が足りないからだ」と言っているようなものだ。しかし、砂地にはまった船をいったいどうやって人間の力だけで海に戻すことができようか。おそらく、この船主に出来ることは再び潮が満ち、海水が足元を洗う時を待つだけはないか。そしてそれは僕らの力も及ばないもっと大きな力なのだ。

努力をしてもうまく行かないことはあるし、それほど努力しなくてもうまく行ってしまうこともある。環境に恵まれるものもいれば、恵まれないものもいる。すなわち我々の成功の鍵を握っているのは多分にして「運(他力)」である。
「私は自分だけの力でのし上がり今の地位を築いたんだ」と豪語する自信家たちには僕も何度か出会った。しかし、おそらく彼等は実際には自分の力だけで成功していない。目に見えぬ力、運とかタイミングとかそういったものが大きく影響していると思う。おそらく世の中「自分の力」だけでどうにかなることなんてひとつもないのだ。だとしたら「いやいや、運が良かっただけですよ」と語るのが奥ゆかしき成功者の弁なのかもしれない。

もちろんその逆もある。何をやってもうまく行かない、不幸のどん底にいる人たちは沢山いる。数で言ったらむしろ成功の高みに立てない人が大多数だろう。でも、その人たちの明日が今日と同じく不運であるとは限らない。もしかしたら、干上がった港に少しずつ海水が戻ってくるかもしれない。しかし、そのときにうまく船を漕ぎ出せるかどうか・・・残念ながらそれもまた運なのだ。

どうせ思うようにならない人生ならば、とりあえず明日何が起きるかを見届けてみたらどうだろう。

2010年1月記



今日の一枚
”海を奪われ港に横たわる船” フランス・グランヴィル 2000年




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