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ラゴス・クリスマス・スペシャル


振り返ってみると、僕は実にいろいろな場所でクリスマスイブを過ごしている。風邪で寝込んだパリのホテル、クアラルンプールの屋台、メキシコシティからトロントへの機内、嵐のストラスブール・・・ざっと思いつくだけもこんな感じだ。それはクリスマスが僕にとって「旅の季節」だからであろう。


その年、僕はポルトガル南部の街、ラゴスでクリスマスを過ごした。スペインのサンチアゴ・デ・コンポステラからポルトガルに入ったが天候に恵まれず南下を繰り返した。やっと天気が安定したのがポルトガルの南岸まで下ったときだった。

ラゴスは非常に風光明媚な場所だ。街には白砂の海岸線があり、郊外に出ると大西洋に突き出した断崖がどこまでも続く絶景が広がる。しかし、夏の観光シーズン以外は至って普通の「海辺の町」だ。もちろん、ラゴスにクリスマスを過ごすための「特別な何か」があるわけではない。


滞在していたユースホステルがクリスマス期間中閉まるというので、近所のアパートの部屋を宿泊客全員で間借りすることになった。全員といっても、男女合わせて5、6人だから大きなアパートは十分な間取りだった。しかし、突然の「民族大移動」にアパートの先住民たちは困惑の色を隠せない様子。先住民とはポルトガル人と、内戦の母国を捨てポルトガルで職を探すアンゴラ人。そして、町に住むイギリス人男性に夢中で、毎晩夕食に招待してもらってはその席でその男性に対する想いを綴った詩を朗読することを日課にしている風変わりなドイツ人女性だ。

さて、肩身の狭い思いをする我ら旅人軍団は家を捨て聖夜の街へと繰り出すしかない。しかし、クリスマスイブはバーも休み、レストランも休み、クラブも休み・・途方にくれる軍団。と、前方にひときわ明るいバーの灯りが・・おまけにすごく盛り上がっている様子だ。店の中は老若男女ここにしか来るところがないという人たちでごった返していた。


カウンターに座り中をのぞくと不慣れな感じのカップルのバーテンがサンタ帽をかぶって店を切り盛りしている。聞いてみると二人ともスウェーデンから来た通りすがりの旅行者。「クリスマススペシャル」ということでマスターに店を任されたそうだ。本物の店主はというと、時々助言を与えながらカウンターで飲んでいる。それにしても素人に店を切り盛りさせるとは・・・おぬしなかなかやるな。

ビールのオーダーには軽く応じていたバーテンだが、連れの女の子が出したカクテルのオーダーにはかなり戸惑っていた。本物に助けを求めるクリスマススペシャル。「しばらく作ってないから忘れた」と逃げる本物。何を混ぜるかとか、ベルモットの割合とかカウンターの客たちの間でさまざまな議論が交わされたあと、なにやらシェイカーで振られ、やがて「正解」かどうかもわからないカクテルが出てきた。


2005年12月記



今日の一枚
”ラゴスの断崖” ポルトガル・ラゴス 1997年




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